−豊かな生き方とそうでない生き方はどっちがいいんでしょうか。
一般的にいう豊かなところに行っても、自分が豊かになれるものを与えてくれないからねえ。力になるものっていうかねえ。生きる上においての力っていうのは、豊かさでしょうねえ。今の若い人は生きる力がないねえ。
−極限になったことがないから。
そうなりゃやっていけるんでしょう。ただ、やっていき方が違ってくるでしょう。そういうことを経験したことがあるひとは、貧しい中でも与えていけるんじゃいなかあ。さっきのバクシーシの話じゃないけど。ないものまでも与えていけるっていうかねえ。ところがそういう世界を知らんと、他人を蹴落としてでも自分が生きていくってことになるかもしれんし。
−でも、今の世の中だと日本にいる限りにおいては、そういうのを知るのは難しいですよね。
難しい。
−じゃあどうすれば。
「旅に出よう」って言ってね。
−寺山修司ですか?
そう。そういえば、おもしろい人がいたよ。アフリカの真ん中を鹿児島弁で通してたね。
−あははは。(笑)
尊敬したよ、みんな先生、先生って呼んでね。日本人にも通じんような鹿児島弁で。面白かったね。「高い高い」って言ってね、安くさせるのが一番うまかったね。
−僕も日本語で言ってみようかな。
そうよ。下手な英語より通じるんじゃない?というのはね、やっぱり人と人との分かり合える接点って言うのは、聞く世界だね。これも旅のコツじゃないかなあ。わかってあげようとして、わかろうとする。これはねえ、分かり合えるねえ。これはねえ、原点と思うよ。私が最初アメリカに行ったときにねえ、学生運動が激しかったよ、アメリカ仏教界の。ロサンゼルス空港に着いてねえ、日本人がたった300ドルしか持って降りれなかった。どうしてかっていうとねえ、日本はドルの準備高がないからねえ。日本が貧しかったから。行く前にアメリカの領事館に行ってもねえ、自分でパスポートを持って面接ですよ。領事との面接でビザをくれたんですよ。神戸の領事館へ行って、中に通されたらきれーいな女の人でねえ、でも英語でしゃべられるとわからんのよ、何言ってるか。
−あはは。(笑)
あの高い鼻にかかった英語ってねえ、わからん。そしたら領事があきれて、笑ってねえ、「何しに行くの、あんた」って。だから英語を勉強しに行きますって言ったら、"OK!"ってポン!
−あははははははは。(大笑)
これがねえ、出会いよ。こいつは英語はだめだけど、たいして悪いことはせんぞってわかるんじゃろ。そして、行ったよ。飛行機から降りてね、周りは全部英語よ。流れるスピーカー全部英語よ。空港のロビーでは"attention
please."って分かるわけよ。それでペラペラ言って、最後に"thank
you"ってつけて。
−あははは。(笑)
よう考えたら、最初と最後は分かるわけよ、途中何もわからんわけ。聞く耳がないから。わからんでもいいことがわかって、わらんといけんことがわからん。英語がわからんとねえ、付録が付く。「対人恐怖症」っていうね。
−はじめはやっぱりそうですか。
そうよ。今と違って、日本人もおらんからねえ。そうやって色んな自分と会っていく。色んな自分と会わんとねえ、これは豊かな旅とはいえんねえ。貧しくなるんじゃないかなあ、内面ね。アメリカに住んでいるおばさん家に行ってねえ、アメリカ人はパーティーが好き。「日本人が来た」ってパーティーするでしょ。この子は仏教勉強して大学院に行ってるっていたっら、みんな英語ができると思うからね。テレビ見るでしょ、みんながわっと笑ったら、私もわっと笑う。わからんのに。
−全然わからないですよね。(笑)
人より1秒遅れるけど、ばれんように笑うわけよ。これもピエロだね。実がない笑いも経験してきたよ。それでも、人より先に笑うって失敗はないよね。
−あははは。(笑)
そしていつも英和と和英を持って外に出てね、その辺の子供と話すわけよ。3歳の子が英語ペラペラだからね。頭に来るよ、ひっぱたきたくなるよ。コンチクショー。俺は中学3年高校3年大学で2年の8年やって、こいつは生まれて3年。ペラペラよ。聞いてるからよ。聞くと言うことから出発してるからね。
−そういえばアメリカじゃ夜はひとりで出歩けないですねえ。
日本だけだねえ。私が15年ぐらい前に南米一周したときに、ロサンゼルスから南米に行こうとバスターミナルにいたらねえ、日本人でしたよ、「おい、そこの日本人!そんなところにいたら殺されるぞ!」って言われて。日本の国旗をつけてリュックサックして歩きよったからねえ。
−あっはっはっは。(爆笑)いつも、日本の国旗つけてらっしゃるんですか。
そう。あのねえ、日本出て旅してるとねえ、日本を背負って旅してるなあって教えられるわけよ。自分だけじゃないわけよ。極端にいうとねえ、アラブの国を旅したときに石投げられたよ。「日本人!日本人!」って言ってねえ。「俺はチベット人だ!」って言ったけどねえ、国旗をやぶってねえ。危険を感じて。アフリカでは「ソニー」「トヨタ」って言われて親切にされたりね。
−一番つらかった国は?
つづく