暴虎馮河

ケンは猿顔だ。でも、それを言うとケンは怒る。それがぼくとタカの笑いのネタだった。

− 1995年 夏 −

 ケンがアメリカに短期留学するということで、ぼくとタカは3人で飲もうと計画していた。

「せっかくだからさあ、ケンに猿のスーツを買ってやろうぜ。」とぼくが言った。

「あのカラオケとかで売ってるやつだろ?おれもさあ、カッパのやつが欲しくてさあ。」タカが続ける。「でも高くてなかなか手が出ないよなあ。でも欲しいよなあ。」

 ノリ気らしい。よし、押しだ!と思ってぼくは言った。「いいじゃん。こんな機会めったないよ。それに3人で会うなんて久しぶりじゃん」

 ぼくたちはS高校のときの同級生だった。

「でもさあ、あいつ素直に着るかなあ。『猿』って言うとすぐ怒るじゃん。」とタカが言った。

 確かにそうだ。しかも、ケンは見たこともないほどのまじめ人間だった。しかし、どうしてもケンを猿にしたくてぼくはこう言った。「だから買っちゃうんだよ。わざわざお金出して買うんだから、あいつだって着ないわけにいかないだろ?ついでにおれたちも自分の買っちゃえば大丈夫だって。」(そうか?)

「よし、買いに行こうぜ!」

 いいぞ、タカ!

 ぼくとタカは、ケンとの待ち合わせの前に、TQハンズに買いに行ったが、値段が高い。メチャメチャ高い。

「おいおい、何だよこれ。猿のスーツ、7,000円以上もすんのかよ・・・」ぼくが言った。

「買えねえよ・・・高すぎる。うおお!カッパは10,000円以上じゃん!無理だよ。」

 半泣き状態だ。

 失望したあげく、ぼくたちはお面コーナーに言った。いろいろなのがある。決まらないので、ケンと会ってから、今度は一緒に買いにやってきた。作戦変更である。

「えー。ヤだよこんなの。おまえら2人でやれよ。」

 ケンは渋っている。

「おれたちの気持ちがわかんねえのか?おまえが1ヶ月、日本離れるから思い出作ってやろうとしてんだろ。」

 ここまできたらこじつけだったが、ケンにしてみれば大きなお世話である。

「そりゃ、うれしいけどさあ。なんで仮装すんだよ。」

 もっともだ。

「その方がおもしろいだろ?」

 こんな会話をしながら商品を見ているうちに、ケンも「これいいよな。」などとお面に興味を示し始めた。

「これが一番いいじゃん。」

「それはヤだ。」

 猿は嫌らしい。

 30分くらいのやりとりの末、ケンは猿を買うことを受け入れた。どうでもよくなったらしい。結局ケンは猿、ぼくは豚(布製で、頭がすっぽり入るやつ)を買った。

 タカはというと、自分のカッパのことで夢中である。よほど欲しいらしいが、カッパは”頭のお皿”しかなかった。そして、”頭のお皿”を手に、あるものを見つけた。

「これ・・・すげえ!」

 タカが手にしていたのは、舞踏会でつけるアイマスクにくちばしがついているやつだった。それらを試着したタカを、ぼくとケンは大笑いである。

 当然買った。

 帰り道、あたりは暗くなっていたが、ケンがトチ狂った。

「かぶって歩こうぜ!」

「え?!」

 ヤだ。

 ここは池袋のど真ん中である。しかも、飲みの場であるタカの家まで、一駅とはいえ電車に乗るのである。

「おれ、明後日から日本にいないから何でもできるぜ!」

 お前はな・・・

 もうやけくそだった。ぼくは袋を開け、豚になった。ブヒッ!

 ただ、タカの場合、頭と顔の二種類あるため、また、頭の全部が隠れないため抵抗があったのだろう。カッパには変身しなかった。結局、タカが猿と豚を連れて歩く形となった。

 周りの目が気になったし、もう自分がどこにいるのかさえわからなかった。タカも恥ずかしそうである。ひとりだけ素顔なのだから当然かもしれない。ケンだけがノっていた。前屈みになってする横スキップはまさに絶妙で、猿を彷彿とさせた。かなりブルーだったぼくとタカを大笑いさせるケンの力はすごいものだった。あえて確認しておくが、ケンは普段はこんなやつではない。

 駅の階段を下りると、耐えきれずぼくはお面を脱いだ。ひとりで横スキップをしているケンはとどまるところを知らず、ぼくとタカは他人のフリをしはじめた。今思えば全く薄情な奴らである。

 切符を買ってホームに入っても、ケンはとどまるところを知らない。乗客にガンを飛ばし始めたのだ。

「どうすんだよ、あいつ・・・」

「知らねぇよ。」

「もう止めらんねえよ。」

「やめときゃよかったな。」

 ぼくとタカの会話だ。こんな会話も知らずに、ケンは反対ホームの乗客に手を振っている。

 電車に乗ってもケンは猿だった。乗客は一斉にケンを見るが、もう二度と目を合わせようとしない。他人のフリをしていたぼくは、意を決してケンに近寄った。

「な、何をなさっているのですか?」

「いや・・・ちょっと・・・」とケンはとまどった。

 長い一駅だった。駅からタカの家まではすごく近いのだが、途中には警察署があった。派出所ではない。警察署である。もうドッキドキだ。ケンも横スキップはしていない。れっきとした二足歩行である。進化したのだ!

 何事もなく通り過ぎたとき、ぼくたち3人は何か大きな達成感を手にしていた。通りすがりの人たちも激励してくれる。

「オウムの人たちですか?気をつけてくださいね。」

「がんばってください。」

 時が時である。何か起こるのでは、と思っていたのはぼくだけじゃなかったかもしれない。

 タカの家に着くと、今度は買い出しである。そう、これはすべて飲み会のためだったのだ。車でコンビニまで行くことになったのだが、ここでようやくタカの変身である。鏡を見て、頭とくちばしを合わせて、さあ出発だ!

 ここにようやく三匹がそろった。お気づきの方もいらっしゃるだろうが、これは西遊記をモチーフにしていた。運転手はカッパだ。豚と猿は、車の窓を開けて過ぎゆく人に手を振っていた。まさに稲中である。

 また、三匹には規則があった。


 《人間語はしゃべれない》

 そう、猿は「ウッキー」、豚は「ブー」である。カッパは?三人は考えた。答えなどないのに、悩んだあげく「キュー」になった。

 車を停めてコンビニである。店員はびびっている。一人が奥に逃げ込んだ。

 いかにも頭の悪そうな女どもが三匹に言った。

「顔かくして入ったらいけないんだよねー」

 −こんなやつらに!−

三匹は少なからずショックを受けた。

 それでも三匹は止まらない。カッパは雑誌を立ち読みしていた。猿と豚は、こともあろうに、それぞれバナナとチャーシューを手に、防犯カメラに向かって、十秒ほどピースをしていた。

 キキー!

 ブヒッ!

 キュー!

 大活躍だ。

 さて、買うものを決め、レジでの精算だ。店員は、なぜか商品を二つに分け、片方だけ精算して、「4,802円です。」とぬかし始めた。

「ウキッ?(こっちのやつは?)」と他方を指さした。

「あ!すみません。えーっと・・・」

 そのときだった。警察官がひとり店に入ってきて、しらじらしく言った。

「なにか異常ありませんか?」

・・・・!

 異常だらけである。

 猿と豚は「はめられた!!!」と思った。

「何をしているんだい?」

 補導された。

 カッパは気づかずに立ち読みしている。2人の警察官がカッパに近づいた。

「ねえ、君。」

 カッパは無視している!

「ねえ。」とカッパの肩をたたくと、カッパはようやく気づき、口を開けたまま外に連れて行かれてしまった。 

 三匹そろったところで、6人の警察官に囲まれた。万事休すである。

「何してたの?そのお面をとりなさい。」

 やだやだ!お面つけてたから何でもできたのに。。。取ったら・・・いやだよー!

 とは思ったものの、ここで拒否したらどうなるかわからない。三匹は三人になった。

「何してたの?」

「いえ、罰ゲームを・・・。」

 動揺している!

 いろいろ聞かれた。タカは住所、ケンは学校を。そんなときひとりの警察官が走ってきた。

「あて逃げです!」

 ナーイス!

 まさに地獄で仏であった。

「もうこんな事しちゃダメだよ。」

「はい、もう。」

 やんねーよ!

「時が時だからね。」

 警察官たちは去っていった。

 帰路につきはじめた三人の背中は寂しく、二度と三匹になることはなかったのでした。

おしまい