1.ナルメル王

 紀元前2900年頃、ナルメル王により、古代エジプト全土が統一され、これをもって第1王朝の始まりとし、次の第2王朝とあわせて、初期王朝時代といいます。その時、製作されたのが「ナルメル王のパレット」(カイロ博の入った正面にある)。パレットというのは化粧板のことです。大きさから推測すると、記念に作られたもので、実際には使われなかったようです。パレットの表には赤冠をかぶったナルメル王が凱旋を行進する姿が描かれ、裏には白冠をかぶったナルメル王の敵(下エジプト)との戦争の図が描かれています。ナルメル王は上エジプト(カイロからアスワンまで)の統治者だったため、下エジプトとの戦い(裏)の時には上エジプトの象徴である白冠をかぶっていて、その勝利の後の上エジプトでの凱旋行進(表)の時には下エジプトの象徴である赤冠をかぶっているのです。ツアーなら必ず案内してくれると思いますよ。
 ところで、このナルメル王は実際に存在していたのかが議論の標的となっています。それは、「マネトーの『エジプト史』」をはじめ、アビドスの王名表などで、初代王はメネス王だとされているからです。これにはいくつかの説があるのですが、「ナルメル王=国家の基盤を作った歴代王の総称」で、「メネス王=国家を確立統一した王」だとするのが妥当な説でしょう。例えるなら、織田信長と豊臣秀吉がナルメル王で、徳川家康がメネス王となるのでしょうか・・・
 さて、「マネトーの『エジプト史』」にはいくつかの謎があります。ここでは、3000年間を30王朝で区切っているのですが、なぜか血縁継続中に王朝を断絶させているところがあるのです。有名なところでは、第3王朝と第4王朝。第3王朝最後のファラオ・フニ王は、第4王朝最初のファラオ・スネフェル王の父親なのです。なぜここで王朝を区切ったのか?もう一つの謎をあげておくと、第1王朝の誕生は実際には紀元前3000年頃なのですが、『エジプト史』では紀元前5800年頃となっているのです。

2.ジェセル王