3.クフ王
まず、最初にクフ王の父・スネフェル王についてお話ししておくと、彼はピラミッドを5基建設しています。そこからもピラミッドは墓ではないといわれています。崩れピラミッド・屈折ピラミッド・赤いピラミッドは有名です。このうち、屈折ピラミッドと赤いピラミッドはダハシュールに位置し、ここは1996年まで軍事基地が近く、観光できませんでした。でも今は大丈夫。
さて、話を戻すと、ギザの三大ピラミッドといえば世界的に有名ですよね。
順に、クフ王・カフラー王・メンカウラー王。全員、第4王朝のファラオです。クフ王のピラミッドは、外装石である石灰岩がはげ落ちているため、現在ではカフラー王のピラミッドより5メートルほど低いですが、当時は147メートルで一番高かったと言われています。クフ王のピラミッドは専門的には「第一ピラミッド」と呼ばれていて、内部の落書きから判断して、クフ王のものだと断定できます。内部やその建設方法は謎だらけですが、このピラミッドについては数多くの本でいろんな事が書かれているので、ここでは触れません。
第一ピラミッドに関連させて「太陽の船」を挙げておきます。1954年、ピラミッドのそばの深い竪坑から大量の木材がカマール・マラーハにより発見され、1957年〜1971年にアハメド・ユーセフにより復元されたのが、太陽の船(第一の船)なのです。ピラミッドのそばにちょっとした博物館があるので行ってみてください。この船が展示されています。来世に向かうための思想上の船ですが、実際に浮かぶことが確認されています。もちろん模型で、ですが。1987年には「第二の太陽の船」が早稲田隊発見(吉村作治)によって発見されました。現在復元中ですが、これだけに一生かけていいほどの作業です。
話を元に戻すと、カフラー王のピラミッドは「第二ピラミッド」、メンカフラー王のピラミッドは「第三ピラミッド」と呼ばれています。しかし、この二つに関しては実際にそのファラオのものかわかっていません。以外に思われるかも知れませんが、一切証拠がないのです。だから、「第二」とか「第三」という方が正しいのです。
さてさて、ピラミッドといえば、スフィンクスですよね。これについてはピラミッドと一緒に色んな説が語られるので、省略します。そこで、ここでは「夢の碑文」についてお話ししましょう。スフィンクスを思い出してください。両前足の間に碑文が建っているのを知っていますか?あれのことです。これは後の時代にトトメス4世が後から建てたものです。内容は「スフィンクスのそばでうたた寝していたトトメス4世は、スフィンクスが『首まで砂に埋まって苦しい。砂から出してくれたら、あなたをエジプトの王にしてあげます。』と言う夢を見て、砂を除去しファラオになった。」というものです。一説には王位略奪の口実だともいわれています。また、ここから、スフィンクスが砂漠の砂に埋もれていたことも知ることができます。実際、「ヘロドトスの『歴史』」にはスフィンクスの記述が全くないため、これが書かれた紀元前5世紀には砂に全く埋まっていたと考えられています。ちなみに、このトトメス4世のミイラはカイロ博物館のミイラ室に展示されています。
ちなみに、「朝4本、昼は2本、夜3本で歩く動物は?」と旅人に訪ね、答えられなければ食べてしまうスフィンクスを知っていますか?あれはギリシャ神話に出てくる雌のスフィンクスで、エジプトのスフィンクス(雄)とは似て非なるものです。古代エジプトのスフィンクスは知勇を兼ね備えた尊厳ある対象なのです。
さて、もう一度クフ王に話を戻すと、「クフ王の座像」がカイロ博物館に展示されています。カイロ博で最小の展示品です。これは彼の実像を伝えるものとしての意義をもっています。
第3王朝(紀元前2650年頃〜)から、古王国時代が始まり、第6王朝(〜紀元前2200年頃)まで続きます。クフ王の時代は第4王朝。第5王朝の最後にはウナス王が君臨していて、この王によって初めて、ピラミッド内にヒエログリフが刻まれました。これを「ピラミッド・テキスト」といいます。第6王朝の終わり頃、つまり古王国時代の終わり頃、「イプエルの教訓」からも推察できるように、国内は混沌としていて、王(ファラオ)も次々と交替していきました。
そして、このまま第一中間期(第7〜11王朝)へと突入していきます。群雄割拠の時代です。
紀元前2040年頃、メンチュヘテプ2世によって全国再統一がなされ、中王国時代が始まります。第11王朝の頃です。交易・宗教・文学において少なからず発展を遂げましたが、この時代は世界的に群雄割拠の時代となり、紀元前1680年頃、ヒクソスという謎の民により、エジプトは全土を占領されてしまいました。こうして、第二中間期が訪れ、異民族支配による暗黒時代が始まります。
これに反旗を翻したのが、セケネンラー2世。彼は戦いに敗れますが、その息子カーメス王とイアフメス王によって、再び全土が統一されました。ここに新王国時代が幕をあけることになります。第18王朝、紀元前1565年頃のことです。
4.ハトシェプスト女王