7.ラムセス2世

 ラムセス2世は紀元前1270年頃即位し、以後67年間在位します。この在位期間はペピ2世の90年間在位についで2番目に長い在位です。
 ヒッタイト(ムワタリッシュ王)との戦争であるカデシュの戦いは世界史上でも有名です。この戦いについては、エジプト側の記述では「不意をつかれるが逆転勝利」とされていて、ヒッタイト側では「全面勝利」と記述されています。結局、西アジアにアッシリアが出現したことにより両国は和平条約を結び、停戦という形で戦争は終わります。
 また、ラムセス2世は建築王とも言われ、アブ・シンベル神殿やラムセウム(葬祭殿)の建設、カルナク神殿(第12王朝以降の歴代王が、アメン神に捧げる神殿として増築)やルクソール神殿(ほとんどはアメンヘテプ3世とラムセス2世が建設)の増築にも着手し、また、王妃ネフェルタリのためにアブ・シンベルに小神殿も建設しています。
 アブ・シンベル神殿について少し触れておくと、この神殿は1950年代のアスワン・ハイダムの建設により、ナセル湖の湖底に水没してしまうこととなりました。そこで、ユネスコが救済キャンペーンを実施し、大規模な国際協力の下で、解体作業が行われ、100メートルほど北西のいまの場所に移されたのです。巨像の首をよく見ると、ブロックに切り取られたのがわかります。そして、この神殿、実は巨像の奥の神殿の上がドーム型になっていて、そこでハイテクを駆使した湿度調整をしています。神殿の横からここに行けますが、作り物という感じがしてしまうので、行かない方がいいと思います。

 次のメルエンプタハ王の時代にモーゼの「出エジプト」があったといわれています。その後、第20王朝において、ラムセス3世から11世までその名が引き継がれていきますが、ラムセス2世とは何の関係もありません。
 紀元前1070〜700年頃、王朝でいえば第21〜25王朝にかけてが、第3中間期で、このうち第21王朝がタニス朝です。このころファラオのミイラ隠しが行われました。ミイラ隠しというのは、王墓の盗掘が頻繁に起こっていたことを懸念して、神官たちがファラオのミイラを掘り起こし、他の場所に移したことをいいます。ディール・アル=バハリからはセケネンラー2世・トトメス3世・セティ1世・ラムセス2世などが、アメンヘテプ2世王墓からはトトメス4世・アメンヘテプ3世・メルエンプタハ・セティ2世などのミイラが発見されています。
 紀元前700年、第25王朝の頃、エジプト全土が再統一され、末期王朝時代を迎えます。その後、紀元前343年頃、第30王朝において、エジプト人によるエジプト支配は完全に終わりを告げ、それと共に古代エジプト世界が幕を閉じました。

8.アレキサンダー大王