9.クレオパトラ
私たちが知っているクレオパトラは「クレオパトラ7世」のことで、プトレマイオス12世の娘です。クレオパトラは父プトレマイオス12世の遺言によって、弟のプトレマイオス13世と共同統治をしていました。しかし、その3年後(紀元前48年)幼いプトレマイオス13世の後見人であった教育係テオドトス・陸軍司令官アキラス・宦官ポティノスの陰謀によってクレオパトラは追放されてしまいます。
そんなときクレオパトラが目を付けたのがカエサルだったのです。彼を味方にして、プトレマイオス13世に共同統治を進言し、彼ら反対派とアレキサンドリア戦争を起こします。プトレマイオス13世は死に、14世と共同統治をすることとなります。
その後、クレオパトラはカエサルとの間にカエサリオンをもうけますが、エジプト思想との出会いによって王制を確信したカエサルは、ローマ帝国建国による独裁政権から市民の反感をかって、その後、ブルートゥスに暗殺されてしまいます。あの「ブルートゥス、おまえもか!!」の場面です。
クレオパトラは今度は、カエサルの腹心の部下だったアントニウスを味方にエジプトの支配者となり、カエサリオンを王位継承者とし、エジプトの領土を回復しました。しかし、アクティウムの海戦でアントニウスが敗れると、クレオパトラも死を覚悟し紀元前30年頃、コブラに首をかませて自殺してしまいました。
こうして、プトレマイオス朝が滅び、エジプトはローマの属国となりました。ローマ時代の始まりです(ギリシャ時代と合わせてグレコ・ローマン時代という)。実質的には、このときをもって、古代エジプトの歴史が幕を閉じたと言ってもいいでしょう。血は違っても、古代エジプトの思想を受け継ぎ、また、それを再興しようとした人々がいたからです。
以上が古代エジプトのおおまかな歴史の流れです。「古代エジプト」に的を絞りましたが、すべて紀元前の話です。クレオパトラが死んで30数年後にキリストが生まれ、その150〜200年後が卑弥呼や三国志の時代。そう考えると世界史って面白いですね。